上沼恵美子は昔かわいかった?旦那の仕事は何?息子は構成作家?自宅は大豪邸で写真も凄い

上沼恵美子さんといえば、超高速な話し方と饒舌が人気なマルチタレントですよね。

司会業でもメディアに引っ張りだこの上沼恵美子さんですが、実は昔はアイドル並みに可愛かったみたいなんです!

 

今回は上沼恵美子さんの昔の画像を振り返ってみました!

また旦那や息子、自宅の様子などプライベートも見ていきたいと思います。

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上沼恵美子プロフィール

  • 本名:上沼 恵美子
  • 生年月日:1955年4月13日
  • 出身地:兵庫県三原郡
  • コンビ名:海原千里・万里(1971年 – 1977年)
  • 事務所:上沼事務所

 

上沼恵美子さんは父が銀行員という厳粛な家庭に生まれましたが、演芸好きの父の影響で幼少時から姉妹で演芸や歌を見にいくことが多かったそうです。

ちなみに祖母は浄瑠璃の師匠と、太棹三味線の名手という才能の持ち主でした。

 

上沼恵美子さんは歌も得意で、子供のころは「ちびっ子のど自慢大会」で「のど自慢荒らし」と言われるほど有名でした。

一足先に姉が漫才デビューすることが決まりますが、そのときの相方が直前にドタキャンしてしまいます。

上沼恵美子さんはその代わりに相方となり、1971年に姉妹漫才コンビ「海原千里・万里」の「千里(せんり)」として急遽デビューしたのです。

デビュー当初からその巧みな話術が人気となり、「上方お笑い大賞銀賞」を受賞し、一躍スターダムにのし上がります。

 

その美しい見た目からも「漫才界の白雪姫」とまで呼ばれるようになりました。

そしてデビューから2年後にNHK漫才コンテストにて「最優秀賞」に選ばれます。

1975年には姉妹で発表したレコード「大阪ラプソディー」が大ヒットなり、40万枚を売り上げます。

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上沼恵美子は昔かわいかった?

当時そのルックスと饒舌さで注目を集めていた上沼恵美子さん。

昔の写真を見てみると、とってもかわいいですよね!「白雪姫」と呼ばれたのも納得です。

姉と組んでいた「海原千里・万里」コンビはそれはもうアイドル並みの人気でした。

 

上沼恵美子さんは当時アイドル全盛期だった中森明菜さんや松田聖子さんのファンだったのですが、当の本人もアイドルなみの人気を誇っていました。

しゃべりよし、ダンスもよし、物真似もよし、でお茶の間を賑わせていたのです。

デビュー後すぐにブレイクし、姉妹の漫才コンビとしては異常なまでの数のファンレターが事務所に届くようになります。

 

昔の上沼恵美子さんは白雪姫と呼ばれたのも納得の可憐さとかわいらしさあがありましたから、男性ファンも多かったようですね。

もちろんお笑いの実力もあり、女流漫才師を褒めないことで有名なビートたけしさんも「巧かった」と言っていました。

 

島田紳助さんも上沼恵美子さんらに影響を受けて、海原千里・万里の漫才を参考にしていたほどです。

「海原千里・万里」はアイドル漫才コンビの先駆けと言われていますが、可愛いだけでなく漫才の実力もあるコンビはなかなか現れていないようです。

しかし人気絶頂の中、上沼恵美子さんは現在の旦那さんと結婚することになります。

 

そのことが理由で親族と疎遠になってしまい、姉との漫才コンビも解散することになります。

そして2人のラストライブはアイドルコンサートのようで大いに盛り上がりました。

ミニスカートで可愛く歌う2人の姿は、ピンクレディーのようだったそうです。

 

旦那の仕事は何?

上沼恵美子さんは1977年5月22日、番組で知り合い交際に発展した関西テレビのディレクター(当時)・上沼真平さんと結婚しました。

アイドル並みに人気だった上沼恵美子さんの結婚には、周囲は猛反対しました。

しかしその反対を押し切って結婚し、一時芸能界を引退することになりました。

 

上沼 真平(かみぬま しんぺい)さんは上沼恵美子さんより8歳年上で、大阪府八尾市出身です。

大阪教育大学附属池田中学校、関西学院大学を卒業後に関西テレビ所属のテレビ演出家兼プロデューサーを務めていました。

その後常務取締役・制作局長に就任し、メディアプルポ(関西テレビ子会社)の代表取締役会長もつとめていました。

 

そして2008年1月に定年退職し、現在は余生をおう歌しているそうです。

趣味のウクレレやゴルフなどをしながら、自由気ままな悠々自適生活を送っています。

しかし家事などは一切しないようで、妻の上沼恵美子さんに任せっきりだとか。昭和の亭主関白の代表のような方ですね。

上沼恵美子さんは現在もバリバリ仕事していますから、家事のストレスもたまっているという話をテレビやラジオでよくしています。

 

上沼恵美子には息子が2人!

 

 

 

 

 

上沼恵美子さんと旦那さんの間には、1978年に第一子となる長男が、1983年に第二子となる次男が誕生しています。

長男・清太郎

長男の清太郎さん上沼恵美子さんの個人事務所のスタッフをしているそうです。

個人事務所で働く前は整骨院を開業していたのですが経営がうまくいかず、母親の個人事務所にうつったみたいですね。

噂によると芦屋大学出身と言われていますが、はっきりとした情報はありませんでした。

 

芦屋大学といえばお金持ちしか通えないセレブ大学で、西川きよし師匠の娘・かのこさんや松方弘樹さんの息子が通っていました。

上沼恵美子さんは自分の子供たちを「高校進学もやっとの状態」「勉強もよく見てやれなくて出来が悪かった」と話していました。

そして長男は20回以上のお見合いをしたそうで、2015年にやっと結婚し、ハワイで挙式をあげていました。

 

しかしなんとわずか2か月でスピード離婚してしまいました。

離婚原因は上沼恵美子さんにあり、お嫁さんに対して礼儀作法やお金の管理など口を出しすぎてしまい、耐えられなくなってしまったそうです。

すでにハワイでの結婚式の最中に嫁姑バトルが勃発していたそうですから・・・なんだかお嫁さんがかわいそうですね。

 

次男・裕次郎(ゆじぇーろ)

上沼恵美子さんの次男は裕次郎さん「ゆじぇーろ」名義で構成作家をしているそうです。

上沼恵美子さんの番組「怪傑えみちゃんねる」を担当しています。

裕次郎さんは大学中退後に職を転々としていたので、上沼恵美子さんが提案して「怪傑えみちゃんねる」の構成作家に採用されたそうです。

 

島田紳助さんが働きかけえてくれたそうで、コネ入社することになりました。

そのため上沼恵美子さんは島田紳助さんに恩義をかんじており、そのことからM1の審査員も引き受けたとか。

番組の構成や企画、台本をかいたりと裏方の仕事ですが、番組のスタッフロールに「ゆじぇーろ」さんの名前があります。

 

プライベートでは結婚しているようですが、孫がいるかどうかは定かではありません。

結婚を機に一時芸能界を引退した上沼恵美子さんですが、専業主婦は向いていないということで、長男出産後の翌年には芸能界復帰を果たしていました。

 

自宅は大豪邸で写真も凄い!

上沼恵美子さんは大豪邸に住んでいることでも有名です。

「上沼・高田のクギズケ!」にて大阪府内にある自宅をテレビ初公開しました。

 

カメラに映るのは初めてということですが、リビングが30畳、庭に通じる明るく広い窓があり、8人がけの白いソファやピンクの胡蝶蘭・・・見るからに豪華な自宅でした。

パーティー用のセカンドキッチンもついていたりと、いつでもお客さんを呼べる状態のようです。

「お宝を見せて」とお願いされた上沼恵美子さんは、「快傑えみちゃんねる」放送1000回記念品でもらった「社長賞」の品を見せてくれました。

「快傑えみちゃんねる」は「1万人が選ぶ好きなカンテレ番組1位」になったりと人気の高さがうかがえますね。

そしてほかのお宝は、元プロ野球選手の清原和博氏のサイン入り黒バットや、王貞治氏のサイン入りボールだそうです。

 

画家のヒロ・ヤマガタ作品にいたっては550万円もの価値があるそうです。

お城のような大豪邸に、視聴者からも驚きの声があがっていました!

 

まとめ

今回は上沼恵美子さんについて調査しました。もう一度情報をまとめてみましょう。

  • 上沼恵美子は若いころアイドル並みに可愛かった!姉との漫才コンビが大ブレイク!
  • 上沼恵美子は元関西テレビディレクター・上沼真平と結婚!
  • 上沼恵美子には2人の息子がいた!長男は事務所スタッフ、次男は構成作家!
  • 上沼恵美子の自宅は大豪邸だった!たくさんのお宝が眠っていた!
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今後ますますの活躍を期待したいですね♪

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